母心

愛媛県立中央病院入院中の1991年に54才で亡くなった母の日記です。

1990年6月18日

6時起床。水枕替えて私のたんを取ってくれて自宅へ帰って行く。さぞ寒いだろうね。眠いのこらえてオートバイで走ると事故の元。ぱっちり目が覚めているんだろうか。毎日のことだから大分疲れが重なっているのではないだろうか。ご苦労様でした。

6時30分体温。7時35分食事時間、中止。8時起床洗面。9時30分処置時間。宮川先生来る。取り替え。10時〜2時休む。11時35分食事中止。たん取り液取り替えする。たんが大分少なくなった。つばが多い。2時点滴(主食用)小する。3時体温。輸血2回目、4時に終わる。

4時美智子と時夫君来る。夫は夜勤のために来ない。6時30分帰る。5時35分食事時間、中止。水で口潤すだけである。5時より7時迄休む。7時点滴(主食用)する。8時体温37度あった。水枕変えてもらう。

8時45分今日も帰りに寄って付き添いに泊まってくれる。良かった。ほっとする。9時30分消灯時間。9時40分注射に来てくれる。これでぐっすり休める。皆さん、看護婦さんありがとう。

晩になると余計痛みますので弱る。特に胸の痛みが激しい。こらえにくい。背中は大分痛みうらしてきたがやはり時々痛む。右側の点滴してる所は余計痛いし右の脇付近が痛いが何故だろうか。早くすっきりした体になりたい。これでは元気になるんだろうか。また不安が頭持ち上げる。肺炎をその上こじらせているので痛むのだろうか。先生は何も言ってくれない。肺炎が治ってくると背中も治ってくるというが一向に良くならない。