母心

愛媛県立中央病院入院中の1991年に54才で亡くなった母の日記です。

1990年7月31日

6時起床時間。検温37度。洗面トイレ。7時〜9時50分休む。10時30分処置時間。体温36.7度。山岡。喉の今日替える。前した時血が出て困ったことが。採血する。血圧測る。11時50分浣腸する。後気持ち悪い。

12時20分食事時間、中止。ぼつぼつ時間が迫ってくる。手術2時30分〜4時まで。11時40分美智子来る。夫も来る。時夫、久君来ていた。母も早くから来てくれた。麻酔が良く効くように注射する。

2時担架に乗って手術室行きまた今度は手術台に乗る。やれやれ始まる。喉のところに注射器で入れる。大きく息を吸ってというたび眠くなる。知らんまに眠ってしまう。終わった頃覚めるがまだ頭ぼやっとしていた。麻酔科の先生が大丈夫ですか目を開けてと言っている。手を握ってという。少し麻痺しているみたい。だんだん目が覚める。

部屋に戻り、戻って来たのよと婦長さんが言っている。無事に手術済んだ。ほっとした。痛みはひどい。しばらくして注射してもらう。美智子、時夫君帰って行く。夫は付き添いにいてくれる。嬉しかった。大方眠ってたが疲れているのだろう。母も忙しいといって帰って行く。

4時に痛み止め注射してもらう。その代わり睡眠注射できずじまい。知らぬ間に9時30分消灯時間になった。私の体は傷ぎりだ。ロボットの方がましなような。手術のため痛むので書くの止める。