母心

愛媛県立中央病院入院中の1991年に54才で亡くなった母の日記です。

1990年6月11日

6時起床。水枕とたん取りして自宅へ時夫君帰る。6時30分体温。7時35分食事時間中止。食事出ないので起きていてもしょうがないので8時30分まで休む。8時30分起きて洗顔する。蒸しタオル持って看護婦さん来る。自分で体拭く。9時30分処置時間。看護婦さん呼びに来るので処置室へ行くとまだ3人もいた。しんどいが待たなくては仕方ないので待つことにして番が来たので取り替えてもらう。しんどいので戻って寝る。

11時35分食事時間。中止またも2時まで休む。2時点滴時間。点滴小する。2時体温。3時過ぎ美智子来る。時夫君は貯金頼んでたのでしに局へ行くと言ってたという。6時時夫来る。1200円貯金あり。引き出してくれと頼んだのでめんどかったろう。ごめんね。現金7万円あったという。3万円美智子誕生プレゼントにあげたから71000円定額貯金にしてもらう。本当は私がしないといけないのに時夫君にしてもらう。本当に済まないと思う。

親と子の間からこそ信用もするし頼るのであるから私の勝手と振る舞い許してくださいね。ご苦労様。佐藤先生来る。突然の何事かと思いきやこれでは痩せすぎて駄目になるのでもっと栄養付けてもらわないといけないので心臓と肺に行くよう点滴のワイパーをするという。糸を切るので痛み止め注射をするという。注射とは何で痛いのだろう。つくづく思う。私はする度美智子は朝晩注射してるのに痛がってたら美智子にすまないと心で思う。1日2回も痛い思いしないといけないとは情けなや。

7時過ぎ時夫君付き添いに来てくれた。ほっと安心する。9時30分消灯時間。注射してもらう。