母心

愛媛県立中央病院入院中の1991年に54才で亡くなった母の日記です。

1990年6月16日

6時起床。時夫君私の水枕取り替え、たんを取ってくれ6時20分自宅へ帰る。ご苦労様でした。眠れなかったろうね。ごめんね。早く淋しさも心細さも慣れないといけないと思う。でも前のようになったらどうしようと思うと不安募り心細さ募る一方である。時夫君来てくれほっとする。本音である。

6時30分体温測定。7時35分食事時間。8時30分迄休む。8時30分起きて洗面する。体拭きに来る。9時30分処置時間。看護婦さん呼びに来るので一人で行って取り替えしてもらう。戻り2時迄休む。高須賀先生、無理せられんよと私に言ってくれる。思いやりのお言葉嬉しかった。

まだ足に力が付かずふらふらする。歩いて来るの無理と思うが、慣れないと帰れないから早く元気になりたい。部屋に戻り2時迄寝る。食事出ないから口さみしい。おなか空くので起きていてもつまらないので2時迄休むことにした。

11時35分食事時間、中止。2時点滴時間。主食用点滴する。3時体温。5時35分食事時間、中止。急にレントゲン取りに来る。胸と背中レントゲン終わり休む。7時点滴主食用する。8時体温計。

8時35分今日も来ないと思ってたら来てくれた。良かった。ありがとう。助かったしほっと心配なでおろす。心細さ吹っ飛ぶ。時夫君は眠れないししんどいやろね。ごめん。9時30分消灯時間、注射に来る。