母心

愛媛県立中央病院入院中の1991年に54才で亡くなった母の日記です。

1990年9月16日

5時15分目が覚める。おなか痛むので目が覚めた。起きて傷の所見てると管がない。どうしたのかと見ると管がおなかに入り込んで短くなっている。心配になり痛み止めの座薬入れる。傷口手当てする。ショックと心配とで涙出る。夫起きてくる。爪切っていた。夫に言っても頼りないし、また変なこと言うだけだから黙っていた。

6時みそ汁沸かしてたら美智子起きてくる。みそ入れて夫に差し出す。今日は早出だろう。美智子は早速寝る。私はおなか空いたので牛乳注入する。薬も注入する。入りにくいので困る。病院は日曜日でお休みだし3階に行くと佐藤先生いるかもしれない。9時30分〜10時まで行かないといけないし、もう8時過ぎている。どうしたらいいのだろと思い時夫君寝ているが書いて持って行き相談する。明日月曜日だから早く行ったらいいという。明日はお休みだから丁度良かった。明日にしようと思い少し気が楽になった。

9時時夫君起きて来て食事する。久君9時30分起きる。私はあまり食進まない。床に行って休む。早10時取り替えもしないといけないし食事時間やけど止める。久君掃除している。毎朝掃除してくれる。お陰できれいになって気持ちいい。時夫君は洗濯してくれる。私は具合悪く寝たままにいる。早く元気になりたい。ごめんね。

小雨日和でうっとうしい天気。11時30分久君自分で昼食こさえて食べて11時50分仕事に出かける。12時流動食準備してくれる。具を入れうどんにしようと思いしてたらうどんないという。変わってソーメンにする。湯がいて煮込みソーメンとごましょうゆでする。1時20分食事する。流動食もする。3時時夫君、美智子ハチ連れてドライブ行く。私はしんどいし具合悪くて寝ていることにする。どのくらい寝たのだろう。早4時40分起きて洗いやけしてたら電話あり。今ドライブインにいるからぼつぼつ帰るから6時に着くと電話あり。

押しごみ整理しようと思ってたら6時10分帰って来る。彼岸花を取ってきてくれる。早速時夫君植えてくれた。来年は咲き乱れるだろう。ありがとう。花はテレビの所と玄関の所にさす。6時30分炊事する。じゃがいも皮むき玉ねぎ切り今日は豚汁にするという。揚げ物と忙しいので注射も遅れがちになる。7時過ぎ食事する。久遅く帰る。7時夫帰り早速ビール飲んでいる。8時もう酔って2階に上がり休む。久君風呂に入り休む。8時過ぎ食事支度してくれる。8時45分流動食しながら食事する。終わって早9時5分になる。洗いやけして日記書く。美智子風呂に入り犬に噛まれた所手当てする。

午後より雨止んで晴れて良かった。ドライブにも行けて良かったね。代わりにハチに噛まれたといってズボンは血に汚れている。脱いで水につけた。落ちたらいいけど。今日は吐き気止め、痛み止め薬と入れた。お陰であまり痛まなくて良かった。少しお乳の所痛む。どうしてだろうか。肺炎冒してるんではないかと心配になる。

日記書くのに夢中になり早時計の針は12時50分になっている。早く休まないと時夫君も美智子ももう寝ている。私だけだ。少しおなかが痛む。どうしてだろう。明日病院に行き良く診てもらおう。おやすみなさい。