母心

愛媛県立中央病院入院中の1991年に54才で亡くなった母の日記です。

1991年5月8日

7時起床。トイレ掃除、玄関拭き掃除、飲食する。ジュース、お茶、牛乳。寒くなったので風呂に入り上がってそのまま寝る。8時11分注入、朝食。11時休む。夫風呂に行ったり買い物したり一人で忙しがっている。

久君着いたら電話すると車の窓より言った声、耳について離れません。にっこり顔のあの子の顔。眼鏡の下のあの目に涙、きっと浮かべてたでしょう。母の声出ずとも目と目でわかるでしょう。着いて電話あり。もし声が出たならお話できたならどんなに良かったでしょうね。声が出ないとは情けないよ。寮には電話ないから後で落ち着いて便りするという。無事に着いてほっとしましたよ。体が資本の体です。元気が一番の宝です。どうか体壊さないようにね。便り待ちます。久君母もお便り出しますね。一日も早く元気になりますよう頑張って克服しますよ。帰って来る時は少しは元気になってるでしょう。僕もくじけず頑張ってくださいね。

5時30分時夫君散髪より帰って来る。早速注入してくれる。夫食事して横になる。美智子夕食支度している。私手伝うとまたけんかのもとになるので8時まで休むことにします。ごめんなさいね。たん取りする時痛む。胸痛む。喉元痛む。すっきりしない。どうしてだろう。毎日痛む。うんちなし。熱37.4度。お茶飲むと器官に入るのかぜこぜこして苦しい。でも飲まないと喉カラカラ。脱水すると困る。注入だけだとおなかぺこぺこになり肌カサカサになる。水分補ってやらなきゃね。

7時夕食。わらびの煮付け、サラダ。せっせと三人で摘んだわらび、おいしかったよ。ありがとう。サラダもね。牛乳、オレンジジュース、お茶飲み潤す。7時45分洗いやけ済ましテレビ見る。そろそろ注入する頃だと思い布団のところへ来る。しんどくなり布団潜る。やはりぬくい。暖かいので寝るのが一番良い。夫食事済ませ早2階へ上がって一人寝する。明日から早出だからという。ご苦労さん。体の調子良かったら起こしてあげたいと思う。何だか胸苦しくなる。手足しびれる。妙な雰囲気。おかしい。10時5分時夫君風呂に入る。私じっと注入待ちながら布団の上。必ず3時頃なるとむせるのひどくなる。でも今日も風呂に入れそう。ありがとう。本当にありがたいことです。10時40分傷手当てしてもらう。このくらいの痛みこらえないと。してもらうのだから。自分でしないといけないのに申し訳無く思う。ありがとね。ごろごろしてたん取り。睡眠薬注入して休む。