母心

愛媛県立中央病院入院中の1991年に54才で亡くなった母の日記です。

1980年11月27日

今日は良い天気らしい。窓から差し込むお日様。清々しい気持ちのいい朝。ピクニックでも行きたい心境。入院生活では足も手も出ない有様。6時検温時間になりカーテン開ける。36.8度あった。まだ微熱が下がらない。やはり治療のせいかもしれない。7時朝食時間。パンだけ食べる。何だか物足りない感じ。

早8時になった。もう少し経ったら来るだろう。今日から私がしてあげなくてはいけない。手が震えていけないがそのうち慣れてくるだろう。8時十亀さんのご主人見える。ちょうど外来で耳鼻科に行ったらしい。私はまたお金無心に来たのかと思いひやっとした。違って良かったがそのうち戻って行った。

秋山さん、同じ部屋の人だが首の所が腫れて大きかったらしいが大分小さくなったらしい。近いうちに自宅の近くの病院に戻るらしい。県病院だったら随分遠いらしいから。8時40分美智子来る。今日から私が注射してやらなければと思いインシュリンもらいに行き自分でしてあげる。

9時耳鼻科の処置があるので処置室前で待つ。すぐに終わる。喉の奥を高須賀先生診てる時良く見えるようになったと田中先生と話をしてた。その前に早く帰りたいだろうねと言ってる。子供さんはと聞くので今食事しているといった。

10時20分治療受けに行く。治療台の上に乗りしばらく待たせられる。弱い人がどうしても先になると先生は言ってた。別の治療受けに来た人だろう。10時50分終わり自室へ戻り昼食時間待つ。11時昼食時間。1時半頃昨日入院した人手術室に行く。眉毛の所から手術するらしい。大変だと思う。

2時検温。37度ある。熱あってもあまりしんどくないから不思議だ。2時40分308号室に行き久保さんと十亀さん三人で売店に買いに行く。結局私は何も買わなかった。またもソフトクリームをおごってもらう結果になってしまった。今度こそは私が買って食べさせよう。そうしないと私の気が済まないから。

4時夕食時間になる。手術に行った人も戻ってた。そばには心配そうにご主人が座ってた。みんな優しくて思いやりがある人だと思う。5時3分前少し寝ることにする。そのうち子供たち来るだろう。6時15分美智子や時夫来る。帰ってから食事するそうだがごはん炊いてるんだろうか。もしかしたら一人分足らなかったら困るだろう。うっかり忘れてたがまたも気になる。面会室で話す。母が来なかったので子供たち喜んでた。私もほっとする。おかしなものよ。

自室で本読んでたら久保さん見えて十亀さんが熱が37.6度もあるといってたので消灯間近にご機嫌伺いに行く。看護婦さんが水枕持って来たのでこれをして気持ち良さそうに寝ている。9時消灯時間の知らせあり。私は戻り寝る。